コシノについてwikiより引用


コシノヒロコ
コシノ ヒロコ(本名:小篠 弘子、1937年1月15日 - )は、日本のファッションデザイナー。大阪府岸和田市宮本町出身。血液型A型。関西大学客員教授。
母は同じくファッションデザイナーの小篠綾子。同じくファッションデザイナーである妹コシノジュンコ、コシノミチコと共に「コシノ三姉妹」として知られる。
1957年、文化服装学院在学中にN.D.C.(日本デザイナー協会)デザインコンクール第1位受賞。
1961年、卒業後、銀座小松ストアー(現ギンザコマツ)ヤングレディースコーナー専属デザイナーを経て、自身のブランドを設立。
1964年、大阪心斎橋にオートクチュールアトリエを開設。
1977年、東京コレクション参加。以後年2回出品。
1978年、ローマのオートクチュール・コレクション「アルタ・モーダ」に日本人として初めて参加。

コシノジュンコ
コシノ ジュンコ(本名:鈴木 順子(旧姓小篠)、1939年(昭和14年)8月25日 - )は、日本のファッションデザイナーである。大阪府岸和田市出身。
母は同じくファッションデザイナーの小篠綾子。同じくファッションデザイナーである姉コシノヒロコ(小篠弘子)、妹コシノミチコ(小篠美智子)と共に「コシノ三姉妹」として知られる。夫はコシノジュンコデザインオフィス専務の鈴木弘之。
文化服装学院に入り、2年の基礎コースを1年で終え、飛び級で小池千枝の担当するデザイン科へ進む。同級の9期生には、高田賢三、松田光弘、金子功、北原明子ら、後のファッション界をリードする人材が揃っており、「花の9期生」と呼ばれた。デザイン科在学中の1960年、新人デザイナーの登龍門といわれる装苑賞を最年少の19歳で受賞。以後ファッションデザイナーとして活躍。

コシノミチコ
コシノ ミチコ(本名:小篠 美智子、1942年(昭和17年) - )は、日本のファッションデザイナー。大阪府岸和田市出身。大阪府立和泉高等学校、神戸松蔭女子学院短期大学服飾学科卒業。
母は同じくファッションデザイナーの小篠綾子。同じくファッションデザイナーである姉コシノヒロコ、コシノジュンコと共に「コシノ三姉妹」として知られる。
最初は母と同じ道を歩まずソフトテニス選手の道を選び、高校・大学時代は全国大会で優勝するほどの実力だったが、やがて2人の姉の活躍を見てデザイナーを目指し、1973年にイギリスへ渡る。ロンドンを拠点に活動し、自分の名前を取ったブランド「ミチコロンドン」を立ち上げ成功した。
友人を後天性免疫不全症候群 エイズで亡くした経験からエイズ撲滅に立ち上がり、その活動の一環として1992年、不二ラテックスとのコラボレーションにより、世界初のファッションブランドコンドームをデザインした。







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